すすきの恋愛カウンセラーvol.4:浪費という現実逃避を明日への活力に…


大通り地下 前回までのあらすじ

 

札幌で大手新聞社の記者として働くマサヒロ。上司につれていかれたニュークラブに密かな楽しみを覚え始める。大学時代から付き合っている彼女のユキと結婚に対する考え方の違いから口論となり、気まずい雰囲気となる。後日、後輩のカズキに誘われるまま合コンに行き、泥酔したマサヒロは出会ったばかりのナツミという女子大生と浮気をしてしまう。翌朝、彼を待ち受けていたのは二日酔いと自己嫌悪の嵐。その時、数週間前に上司のY課長と一緒に行ったニュークラブのホステス、フミカのことが頭を過ぎる。

 僕みたいな奴が浮気をすると、人より罪が重いのでは…

最低な気分です。自分だけは、絶対に浮気だとか不倫だとか、そういうものとは無縁な人生だと思っていました。頭の中で繰り返されるのは、「どうやってユキに謝ったらいいか」「どんな反応が返ってくるか」ということばかり。僕の軽はずみな好意がいろんな人を傷つけてしまうはずです。大学時代から僕を慕っているカズキ、その知り合いのナツミ、そして何よりも僕に5年もの時間をくれたユキを裏切ってしまった。

酔いが完全に覚めて、考えれば考えるほど僕は自己嫌悪の感情に押し潰されてしまいそうです。 そんな状態では、仕事にも影響が出てきてしまいます。取材中に話を聞き飛ばしてしまったり、原稿を打ち込む手が止まってしまったり。先ほど、僕を可愛がってくれているY課長にも珍しく怒られてしまう始末です。入社以来そんなことがなかったのに…どうしても考え込んでしまいます。ユキを失いたくはない。

ただ、それだけを考えながら3日もの時間が経過していました。とにかく自分の力で気持ちすら整理しきれないほどに、僕はダメな男だったのです。 もうすぐ定時に差し掛かかろうとしていた時間のことです。廊下ですれ違ったY課長が僕を呼び止めました。どうせ、また説教の続きでしょ…僕はそんな程度に考えていました。 上司

何があったのか知らないが、今日はもう帰れ!残務?体調とかモチベーションを管理するのは社会人の常識だぞ。お前にはその大切さも方法もしっかり教えてきたつもりだ…。わかったら、とっとと帰れ!明日から湿気た面見せるなよ!

Y課長の優しさが伝わってきました。今まで僕はY課長の事を半ば軽く見ていましたが、こんなに僕のことを見てくれて気遣ってくれる人だったなんて…。胸が熱くなるような感覚と同時に、自分の不甲斐なさに泣けてきました。お手洗いで鼻をかんだ後、僕は帰宅することにしました。

大切な後輩との人間関係は壊れてないだろうか…

社屋を出て一旦、自宅に向かいました。大通りから西18丁目の自宅まで…。ネクタイを緩め、スーツを脱ぎ、テレビをつけて携帯を見ていました。こんな時間に帰宅したことなんて入社してから初めてのことです。妙に静かな自宅にはどうも落ち着きません。とりあえず、僕はカズキに電話してみることにしました。 別に口止めしたいということではなく、彼には色々と正直に話したかったからです。彼は帰路の途中ということだったので、すすきので待ち合わせることにしました。 すすきのラフィラ前 特にお店を決めていなかった僕らはラフィラ前で待ち合わせることにしました。僕の姿に気がつくなり彼はいつもように高めのテンションで駆け寄ってきますが、近寄るなり意気消沈するかのように表情が曇っていきます。たぶん、それだけ僕の表情は重たかったからなのでしょう。 適当にお店を探し、お寿司屋さんに行くことにしました。落ち着いて話が出来る気がしたので…

ど、どうかしましたか…?なんか、どんよりしてますけど…

飲みはじめた側から重たい話をするのも気が引けましたが、実はユキとまだ付き合っていること、そして、ナツミにしてしまったことなどをしっかりと話しました。 自分で言うのもなんですが、少なからず彼は僕の誠実な人柄が好きだったと思います。軽はずみな僕の行動が、カズキの人脈に傷をつけてしまったのかもしれない…。彼と話すまで僕はそんなふうに考えていました。

さすがマサヒロさん!シュート率の高いっすね!?

『えっ、シュート率!? 軽るい…』。あまりの軽快さに思わず僕は噴出してしまいそうでした。カズキに言わせれば、あの日、そういう流れになったのは半分くらい相手にも責任があることだし、ホテルとタクシー代で2万円も払う僕はカッコつけ過ぎだとか。それに当日は、僕がお手洗いに行っている隙に、ナツミはカズキと他のメンバーが別の場所にいくように促していたようで狙っていたことだといいます。カ ズキ曰く、僕がナツミに持ち帰られただけだと言います。「僕やナツミの事はひとまず置いておいて大丈夫ですよ!」ひとまずは、カズキとの関係が壊れなくて本当に良かった。そう思っていると、カズキは立て続けにこう言いました。

お寿司屋さん活一鮮 肝心なのは、ユキさんですよ!あの人にバレたら完全にアウトですよね…

『やっぱ、そうだよね…』。彼女のことをよく知っているカズキにこう言われると、改めて意気消沈してしまいます。わかってはいたものの、自分がしてしまったことの重みを実感してしまいました。僕は流し込むように冷酒を飲みました。少々、落ち込んだ僕の顔を見てカズキは、こう言ってくれました。

よくわからないですけど、マサヒロ&ユキは永久に不滅です!安心してください!もし、マサヒロさんがダメになったら僕がユキさんにトライしますから(笑)

『お前、ふざけんなよ!』とっさに僕がカズキの頭を叩こうとすると、彼は「冗談、冗談ですって…」と言いながら、叩かれる準備をしています。カズキと時間を過ごしていると、学生時代に戻ったような感覚になります。『違う道を歩んでいても、カズキとはずっとこういう関係が続いていくはずだ』そう思うと、少しだけ心が軽くなったように思えました。 カズキと一緒に居たのは2時間くらいでしょうか…

もう話はすっかり脱線していました。お会計を済ませた後、人気者のカズキは今日もどこかにお呼ばれしていたようで、すすきのの街に消えていきました。「マサヒロさん!大丈夫ですって!」と言いながら、去っていきました。 何が大丈夫なのか、わからないはずですが、僕には良くわかりました。『相変わらずできる子だ…』僕はそんなふうに思うしかありませんでした。

カズキと別れてからも、僕はすぐに帰る気にはなれませんでした。随分と気持ちが軽くなりましたが、まだユキと話せる自信がありませんでした。 こうなったらもう、あの場所に行くしかありません。そうです、数週間前にY課長に連れて行ってもらったニュークラブです。一人で入ったことが無かったので、心細くもありましたが、そんなことよりも僕は心に引っかかっている何かをすっきりとさせたかったのです。

“急がば回れ”という諺の通り、僕はニュークラブに行くことにします…

すすきのニュークラブ お店に着くと、平日なのにほぼ満席に近い状態です。一体どんな人が来ているのでしょう。僕のようにカウンセラーを求めて来店している人はいるのでしょうか。心なしかシャンデリアの明かりが前回よりも若干暗い気がします。受付で黒服に指名を伝え、フロアに通されると、フミカは慌しく接客をしている様子です。さすが人気嬢だな…。数分間経ってフミカが僕の席に向かって歩いてきました。

あれ、珍しいですね!今日はお一人ですか…?私に何か秘密のお話でもしてくれるんですかね(笑)

秘密かと言えば、確かにそうかも知れない。あまり大きな声で人に言えたものでもない。僕の表情を見て前回との違いにすぐ気がついた彼女は、「なんでも聞いてあげますよ。」と言った。フミカに会ったのは今回でたったの2回。それなのに、身近な誰に話すよりも自分の気持ちやありのままの事実を話せてしまう気がします。普段の人間関係とは全く関係のないところにいるからでしょうか。

単純にアルコールのせいでしょうか。それともフミカが魅力的だからなのでしょうか… ユキとの関係のこと、この前の合コンでの出来事、そしてそれを通して今僕はどんな気持ちでいるのか。どれだけ僕が気持ちの小さな男なのか。ありのままの自分をさらけ出すようにフミカに向かって一方的に話しはじめました。 まるで、前回来店した時のY課長のように… 話の内容はといえば、ほとんどがユキにフラれたくない僕の単なる情けない言い訳です。会社同僚や後輩にはとても見せられないような姿です。

フミカは黙って頷きながら話を聞いていますが、僕が水割りに口をつける度にコップを拭きあたらしい水割りをつくってくれます。『あれ、今何杯目だったっけ…』ふと、思う時もありましたが、長々と僕は語り続けました。僕の目を覗き込むフミカの視線が急に優しくなったような気がしました。そして彼女はこう言いました。 すすきのニュークラブ 今日は心ここにありって感じですね!それがマサヒロさんの本心ってことですよ。

『あっ、そういうことか…』様々な紆余曲折もあり、僕の失態もあり、実質的なユキとの距離はどんどん遠ざかっているとすら言えます。電話やメール、休日にユキの愚痴につき合わされるのも正直いって面倒です。でも僕は、仕事をしていても、後輩と飲んでいても、ニュークラブに来てもユキの事となると、やたらとムキになっている。フミカのひと言でそんな単純なことに気がついたのです。だったら、もう自分がどうすべきかなんて答えは見えているような気がしました。

許してくれなかったら、その時はその時ですよ…そしたら、また私と一緒に飲めば良いじゃないですか。

『で、ですよね…』。あまりに単純すぎて呆気に取られてしまいそうでした。余計なことばかり考え過ぎてしまい、大切な事がそっちのけになっていたようです。ユキは僕にとって大切な存在です。少し前までは、実家に僕を連れて行こうとしたり、分かりやす過ぎるゼクシイ攻撃を僕に仕掛けて来てくれていました。彼女のそういう気持ちを見てみないフリを続けてきたのは他でもない僕です。

今になって考えみたら、そもそも喧嘩になったのも僕が余計な事ばかり見ていたからだという気がしてきました。 ユキが僕の過ちを許してくれるのかはわかりません。もし許してくれなくても、それは仕方がありません。ただし、僕は今回の過ちで自分がどれだけ幸せものだったのかということに気がつきました。 職場ではいつも僕を見ていてくれる上司がいて、気の合う後輩がいて、指名のニュークラ嬢がいて…

たとえユキを失ったとしても、僕は全てを失うわけではないはずです。フミカと話していると、そんな単純な事に気がついたのです。 僕はフミカに別れを告げ、お店を後にしました。しんしんと降る雪。かじかむ手をポケットに差し入れて、僕は携帯電話を取り出しました。ユキに電話します。自分のしてしまったことをしっかりと謝って、そして、自分の想いを彼女に伝えるために。

 今なら彼女の目を見て話せます。どうしても伝えたいことがありますから…

すすきの -もしもし、ユキ? ごめんね、夜遅くに。突然で悪いけど、今から家に行ってもいいかな?

彼女がなんて言うだろうか。とうとうフラれてしまうのか…そんなことはもうどうでも良いのです。僕はくるりと振り返り、お店の看板を見上げて、決心をしました。

隠すのは僕のポリシーじゃない。全てを話して心から謝ろう。そして…

悪いのは全てこの僕です。彼女が離れていっても仕方がないことを僕はしてしまいました。ただし幸いな事に、身近な人たちが僕を支えてくれています。大切なのはそういう身近に感じる人たちを裏切らないことなのかと思います。伝えなくても良い事を伝えて、フラれてしまうだけの男なのかもしれません。ただし、僕の身近な人たちはそんな正直な僕が好きなんだろうな…

フミカと話していると、そんなことに気がついたのです。 今日も、すすきののネオンは街を照らしています。まだ火曜日だというのに、たくさんの人が歩いています。どのくらいの男がすすきのに訪れ、どんな時間を過ごすのでしょうか…この街で僕は恋愛カウンセラーに出会い、密かな居場所を見つけることができました。お酒を飲んで過ごす事を浪費だと感じる人もいることでしょうし、少し前までは僕もそう思っていました。でも、人間はそんなに合理的な生き物ではないはずです。

下さらない事をして、下らない時間を過ごしてはじめて気がつくこともあるものです。少なくとも僕がそうであったように。 夜のすすきので飲み歩く男を一般的な女性は良く思わないでしょう。それくらい僕だってわかっています。ですが、浪費という名の“現実逃避”があるからこそ僕らサラリーマンはきびしい現実に目を背けずにいられるのです。 何事もほどほどにが肝心です。これからも僕はほどほどに浪費しながら生きて行くことでしょう。すすきのという街のどこかで…

Fin. (ノルベサにて編集)


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